1月17日になると、あの日がまた来たんだなーと
思い返しますが、年々記憶は風化してきています。
しかし、昨日の夜、フジテレビの特別番組
神戸新聞の7日間を見て鮮明に蘇りました。
久し振りにウルウルきました。
私はこんな番組、基本的に嫌いです。
見たくて見た訳ではありません。
テレビを付けたらタマタマ流れていて、
TVの前から動けなくなったのでした。
自分自身は大きな被災にはあっていませんが、
地震で身の回りの方が何人か亡くなられました。
被災は神戸だけではなく、明石でもありました。
明石江井島酒館も今駐車場になっている場所には
造り酒屋だった建物が残っていましたが、
震災で全壊しました。もし震災が無かったら、
今とまったく違った形になったかも知れません。
私自身のプライベートは震災の前の日に、
おじいちゃんが亡くなって、震災のあった前の晩が
お通夜でした。父に棺桶の守をするように言われ、
棺桶が見える場所にコタツを置いて、仮眠をしていたら、
大きな地震が起こりました。ロウソクが倒れて
棺桶が少し焦げたのを覚えています。
お葬式は、色々ありましたが、強行して行なわれました。
お葬式には、普段30分で来れる道のりが6時間もかかって
来られた方もいました。いろんな人にご迷惑をかけたけども
結局はこれが正解で、加古川の斎場の人から、明日からは
神戸から遺体がピストンでやってきて、受付が出来なくなる
と言われました。
仕事面では、当時、ながさわの魚住町店に勤務していましたが、
たまたま魚住町店が地下水を使っていた事もあり
初日は水が濁って営業出来ませんでしたが、
2日目から営業出来ました。しかし近隣は水が出ませんので、
沢山の方が来られました。でもお客様はいつもの3倍、従業員は
いつもの半分しか集まらなかったので、
提供時間もサービスも無茶苦茶でしたが、
来られた人から、感謝の言葉をよく頂きました。
2週間は無茶苦茶な日が続いた記憶があります。
あの時は、色々大変だったけども、
寝る時間、休みも削って何とかがんばって仕事をしていた
というのは、今を思い返せば幸せだったと思います。